田宮流居合術とは

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田宮流居合術は、天正戦国時代の人、田宮平兵衛業正を流祖として伝わった紀州藩の武芸であります。田宮平兵衛業正は、抜刀の始祖といわれる林崎甚助に従って抜刀の妙を悟り、田宮流をおこしました。田宮流には古田宮、紀州田宮、新田宮の三派がありますが、古田宮は五代目で絶え、紀州田宮がその正統を伝えていました。寛文十二年、松平頼純が藩主として紀州より伊予西条に入部以来、紀州田宮流も西条藩に伝わり、田宮神剣流として大成され、現在まで継承されています。

最近はインタ-ネットで田宮流を名乗るサイトが多数見受けられます。
これらはすべて前宗家妻木正麟の弟子筋の関係と思われますが、それぞれが田宮流と称し、稽古をしたり、指導をしたりする団体が増えています。
田宮流を志す方々に迷いを与えず正当な田宮流居合術の修行の道を開くために、更に日本の伝統文化である古武道を正しく継承し発展させるためここに公式サイトを公開します。
尚、田宮流居合術は、日本古武道協会と日本古武道振興会の正会員であり、毎年、日本武道館、浅草リーバサイドスポーツセンター、 明治神宮、鹿島神宮など、日本各地の演武大会に出場しております。

系譜

流祖田宮兵衛業正-初代田宮対馬守長勝-二代目江田儀左衛門-三代目三宅集意-四代目栗本半蔵-五代目三野伴五郎高満-六代目豊田仲左衛門-七代目豊田近左衛門-八代目妻木順次郎元賁-九代目妻木信平元-十代目妻木平之丞元茂-十一代目妻木恰元成-十二代目妻木興太郎右元厚-十三代目妻木義雄元誠-十四代目妻木正麟元信-流派代表妻木達夫(当代)

流儀の特徴

「表の巻」十一本、「虎乱の巻」十四本からなり、「形」を基本として統一された刀術である。すなわち「形」学びは、鞘口の切り方、鞘手の働き、柄手のかけ方、手はば、「手の内」の締め緩め、切り手、請け手、ぬけ手、運剣の法、足はば、左足のはたらき、打ち方、突き方、外し方、止め方などそれぞれ理合を明らかにし、進退動静、微に入り細をうがち、その技は理法に透徹、事理合一を習いとする。「美の田宮」「位の田宮」と称えられた。

代表者プロフィ-ル

妻木さんprofile_1妻木 達夫

昭和二十六年八月一日、第十四代宗家妻木正麟の次男として、小田原で生まれる。
12歳頃より父より居合の手ほどきを受ける。平成十九年六月、先代妻木正麟の逝去に伴い、田宮流居合術を継承する。正麟館館長。